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野球部に入って後悔した中学時代|好きだった野球が部活で嫌いになった30代男性

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大好きだったはずの野球が、部活になった途端、行くのが面倒なものに変わってしまって。

グラウンドにいるのに、ちっとも楽しくない。あんなに好きだったのに、です。

これは、好きなことを「部活」にしてしまって後悔した、僕の中学時代の話です。

📌 体験者プロフィール

年代・性別:30代男性

関連カテゴリ:その他(部活動・学生時代の後悔)

体験形態:実体験ベース

現在:会社に属さず、フリーランスとして働いています

※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で一部の表現を調整しています。

野球が好きだった、小学生のころ

僕はもともと、小学生のころから野球が好きでした。

特別うまかったわけじゃないんですけど、とにかく好きで。放課後になると友達と近所の公園に集まって、暗くなるまでボールを追いかけてました。

誰に言われたわけでもなく、気づいたらグローブを持って家を出てる。そんな感じだったと思います。

同じ中学で野球部に入ろう、と約束していた

その友達と、同じ公立の中学に進むことになって。

「中学行ったら野球部入ろうな」って、もう当たり前みたいに約束してたんです。

だから僕は、部活にけっこうな期待を抱いてました。大好きな野球が、これから毎日できる。そう思うと、入学前からわくわくしていたのを覚えてます。

入って数か月で、行くのが面倒になった

ところが、です。

実際に中学生になって、さっそく野球部に入って、放課後の練習に出るようになったんですけど。本音を言うと、部活はそんなに楽しくなかった。

一年生のころから、楽しいというより「入っちゃったから行く」みたいな感覚で。義務として練習に出ている、っていうほうが近かったんですよね。正直、練習に行くのが面倒だな、という気持ちのほうがずっと大きかったです。

自分でやりたい練習は、ひとつもできなかった

大好きな野球を毎日できる環境ではあったはずなのに、なんでだろうと。

たぶんいちばん大きかったのは、部活って自由がほとんどない場所だったことだと思います。

基本的に上下関係の世界で、先輩や顧問の言うことが絶対っていう空気があって。日々の練習メニューも、決めるのはあの人たちなんです。それ以外の部員は、ただ従うしかない。

だから野球に関係することはやってるんだけど、自分のやりたい練習なんて、ひとつもできてなかったんですよね。

いちばん苦痛だったのは、ランニングだった

なかでもこたえたのが、ランニングでした。

野球に関係する練習だとはいえ、野球そのものじゃないから、まったく面白くない。しかも僕、もともと長距離走がすごく苦手で。

延々と走らされる、あの時間。本当に苦痛で仕方なかったです。グラウンドの隅を何周もしながら、早く終わらないかなと、そればっかり考えてました。

ミスが怖くて、試合が楽しめなかった

それともうひとつ、僕を悩ませたことがあって。

部活って、結局は「上手くなるため」の場所なんですよね。よくも悪くも、真面目さを求められる。

だから試合に出るときは、いつもプレッシャーを感じてました。楽しむより先に、ミスをしたらどうしようっていう怖さが大きくなっていく。好きで始めたはずなのに、ボールが飛んでくるのが怖い、みたいな状態になってたんです。

あの公園の野球と、同じ競技とは思えなかった

今でも思うんですけど、中学に上がる前に友達とやってた野球は、まるで違いました。

練習なんて一切しない。集まったら、ずっと試合。

上手くなるためとか、そういう目的は誰も持ってなくて。好きな野球を、好きなようにやってるだけだったんです。

同じ「野球」のはずなのに、部活のそれとはまるで別物に感じました。だから入って数か月もすると、行きたくないなあという気持ちのほうが、完全に上回ってたと思います。

「何で来なかったの」と、責められた

そのうち、ぽつぽつサボるようになって。

そうすると、他の部員から「何で来なかったの?」って、わりと詰められるんですよね。

たぶんあいつらも、内心は僕と同じだったんじゃないかなと思うんです。練習、面倒だなって。

ただ、自分は我慢して出てるぶん、来ない僕がズルく見えてたのかもしれません。なんとなくそういう空気を感じて。部活の中の人間関係まで、だんだんしんどくなってきました。

そうなるともう、練習に出る意味みたいなものが、どんどんわからなくなっていって。

なぜ入ったんだろう、と思いながら惰性で通った

「自分はなんで野球部なんかに入ったんだろう」って。

そのころにはもう、はっきり後悔しはじめてました。

結局そのあとも、惰性で一応は練習に出てたんですけど。なんというか、無駄な時間を過ごしてるなあ、という感覚がずっと消えなくて。

今になって振り返っても、あの時間のことを思うと、やっぱり後悔の気持ちが大きいです。

高校では部活に入らなかった。それで正解だった

そんな三年間を過ごしたので、高校に入ってからは、部活に入るという選択肢はほぼなかったです。

高校の部活は中学以上に大変、っていうイメージもありましたし。それに僕、進学した高校のレベルに正直あんまり納得してなくて。大学は納得できるところに行きたいから、勉強に集中したかった、というのもありました。

で、実際に部活なしで高校生活を送ってみたんですけど。これは結果的に正解だったなと思ってます。

そもそも、ふつうに通学してるだけでけっこう大変で。早起きして満員電車で通うだけで、毎日どっと疲れる。とても部活をやってる余裕なんてなかったです。まわりの友達もほとんど入ってなかったので、その意味でも、僕には合ってた選択でした。

好きなことでも、好きにやれないなら意味がなかった

大人になった今になって思うのは、こういうことです。

大好きな野球ができる環境、とはいっても。僕にとって部活は、たぶんそういう場所じゃなかったんですよね。

好きなことに魅力を感じられるのって、あくまで「好きなように、自由にやれるとき」だけなんだなと。

誰かに強制されたり、自由がほとんどなかったりすると、好きなことすら、好きじゃなくなってしまう。あのころの自分は、それをうまく言葉にできなかっただけで、ずっとそこに引っかかってたんだと思います。

いまは、縛られない働き方を選んでいる

だからなのか、今の僕は、誰かに強制される状況とか、自由がすごく小さい状況を、できるだけ選ばないようにして生きています。

わかりやすいのが、働き方かもしれません。会社員ではなくフリーランスを選んだのも、たぶんあの感覚の延長なんですよね。

あの部活の三年間で、自分がどういうものに不満を感じやすい人間なのか、なんとなくわかった気がしてて。

後悔は、今でも後悔のままなんです。あの時間が無駄だったという気持ちも、正直消えてはいません。

ただ、その経験があったから、これからはできるだけストレスの少ないほうへ、自分で舵を切っていける気がしています。それくらいは、あのしんどかった三年間からもらえたのかな、と。

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編集部より

「好きなことなら、多少きつくても続けられるはず」——そう思われがちですが、実際はそう単純でもないようです。

この方の場合、つらさの正体は野球そのものではなく、メニューを決められ、苦手なランニングを課され、ミスを責められるという、“やり方の主導権が自分の手にない”ことのほうにありました。好きかどうかと、続けられるかどうかは、別の軸で動くことがあります。同じ競技でも、自由にやれた公園の野球と、管理された部活の野球がまるで違って感じられたのは、その差が大きいのだと思います。何が嫌だったのかを後から言葉にできると、次に進む場所を選ぶときの手がかりになります。

困った時の選択肢

【当時の自分のように、何にしんどさを感じるのか整理したい方へ】
「なんとなく合わない」で終わらせず、自分が何に窮屈さを感じるのかを言葉にしておくと、進む場所を選ぶときに迷いにくくなります。気持ちの整理や自己理解を、ひとりで進めたいときに使えるアプリです。
心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)

そのほか、状況に合わせて選べる窓口もまとめておきます。

・誰かに話して、もやもやを整理したい
 → オンラインカウンセリング cotree

公的な窓口としては、厚生労働省「まもろうよこころ」などが無料で相談に乗ってくれます。

過去の選択を振り返っていると、ふと一冊じっくり読みたくなることもあります。気になった本を、まず無料で試してみる方法もあります。

・読んでみる
 → Kindle Unlimited(30日間無料体験)

・聴いてみる
 → Audible(30日間無料体験)

その日に引っかかったことを一行だけでも書き留めておくと、自分が何を嫌だと感じる人間なのか、後から輪郭が見えてきます。

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