副顧問が「攣ったじゃないか」と言って、私の膝を無理やり伸ばそうとした瞬間、頭の中で叫んでいた。「絶対これは、攣ったとかじゃない。何かが、壊れた」
痛みでうっすら涙がにじむ中、ぼんやり浮かんでいたのは、小学生の頃からずっと感じていた、あの「ゴキッ」という違和感だった。
これは、膝の小さな違和感を「少し痛いだけ」と何年も軽く見続けた結果、半月板を切って手術することになった、10代女性の後悔の話です。
体験者プロフィール
・性別・体験当時の年代:女性・10代
・関連カテゴリ:健康・生活習慣の後悔(スポーツ障害)
・体験形態:実体験
・主な部活:小学校でドッヂボール部・陸上選手/中学校でバレーボール部(セッター)
・経験:膝の違和感を放置→半月板損傷で手術・リハビリ・松葉杖生活
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
友達の「部活入らない?」から始まった、膝への負担
正直に言うと、最初から自分でやりたくて始めた部活ではなかった。
きっかけはただの友達の「ねぇ、部活入らない?」というひと言。誘われるまま入ったのがドッヂボール部だった。
そこからは練習漬けの日々。ボールを取るときに膝をつく動作が多いのはもちろんだけど、何より練習メニューが小学生にしてはかなりハードだった。
特に覚えているのは、屈んだままのポーズを決められた時間まで耐えさせられるメニュー。泣いてしまう子が出てくるくらいで、今振り返っても結構やばかったなと思う。
たぶん、私の膝を壊した最初のきっかけは、ここにあったんじゃないかと思っている。本人も気づかないくらいの少しずつのペースで、知らない間に膝へ負担が積もっていた。
「少し痛いだけ」と無視し続けた、ゴキッという違和感
膝に異変を感じ始めたのは、たしかその頃から。
歩いたり走ったりするときに、引っかかりみたいなものが出るようになって、ゴキゴキと音が鳴ったり、一瞬「ストッパー」みたいに膝が動かなくなったりした。でも、すぐにまた動けるようになる。
だから、当時の私はこう思っていた。「膝ってこんなもんでしょ」と。
「少し痛いだけ」「みんなも同じくらいは痛いはず」「気にするほどじゃない」。そう自分に言い聞かせて、運動を続けた。
そのうえ、ドッヂボールをやっていたおかげで足が速くなって、陸上の選手にも何度か駆り出されるようになった。走る、跳ぶ、踏ん張る。膝を使う場面がさらに増えていく。
今思えば、この時点で一度立ち止まって、病院に行っておくべきだったんだと思う。でも当時の私には、その発想すらなかった。
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バレー部セッターとして、休めなかった中学時代
中学に上がってからは、バレーボール部に入った。
ジャンプ、着地、レシーブ。膝にとっては、ドッヂボール時代よりさらにきつい動きが続いていく。小学生の頃から積み重なっていた負担に、新しいダメージが上乗せされていったのは、たぶん間違いない。
それでも私は、「そのうち治るだろう」と痛みを抱えながら、結局病院には行かなかった。
理由のひとつは、単純に時間がなかったから。先輩たちが引退したあとのバレー部は、誰か一人でも欠けたら試合に出られないギリギリの人数だった。そんな中で、私はセッターというポジションを任されてしまった。
試合中はとにかく走らされる。レシーブが乱れれば自分が拾いに行くし、トスを上げるたびに踏ん張りも踏み込みもする。膝はとっくに悲鳴を上げていたんだと思う。
でも、まわりも頑張っていた。
「自分だけ休む」ということに、強い抵抗があった。「これくらいなら大丈夫」と、無理をする方を選び続けてしまった。
試合中、膝が完全に悲鳴を上げた瞬間
そして、ある日。
試合中に、これまでとは明らかに違うレベルで膝を痛めた。動けない。立てない。
副顧問が駆け寄ってきて、「攣ったじゃないか」と言いながら、私の膝を伸ばそうとした。
でも、わかった。これは違う。攣った時のあの感じじゃない。何か、もっと根本的に「やってしまった」感覚があった。
痛みで涙がにじんで、声も出ない。プレーを続けるなんてとてもできる状態じゃなかった。「これ、大丈夫なやつじゃない」。その不安だけが、頭の中をぐるぐる回っていた。
病院で告げられた「半月板が切れている」という事実
病院で診てもらった結果、半月板が切れていると告げられた。手術が必要だと。
そのとき初めて、自分の膝が、自分が思っているよりずっと悪い状態だったことを知った。
「もっと早く病院に行っておけば、こんなに大ごとにならなかったのかもしれない」
そう思った瞬間に、強い後悔がぶわっと押し寄せてきた。
ゴキゴキ鳴っていたあの違和感も、引っかかってロックする感じも、全部、膝が私に送っていたSOSだったんだと、ようやく気がついた。
麻酔が切れた夜に訪れた、眠れない時間
手術が終わって、麻酔が効いている間はそこまで痛くなかった。
問題はそのあと、夜になってから始まった。
麻酔が切れていくにつれて、膝の奥からズキズキとした痛みが立ち上がってきて、それに連動するみたいに体まで熱くなる。何度も目が覚めて、暑さと痛みでパニックになりそうだった。
看護師さんに「窓を開けてもらえますか」とお願いし、処方された痛み止めを飲んで、ようやくまた眠る。それを繰り返した夜だった。
入院中、ずっと頭にあったのは「とにかく早く家に帰りたい」、それだけだった。
退院しても続いた、行きたくないリハビリ
手術が終わっても、本当の戦いはむしろここからだったと思う。
リハビリは、想像していたよりずっときつかった。早く家に帰りたい一心で必死に通ったけれど、体力的にも精神的にも、なかなかしんどかった。
退院してからも、自宅から通うリハビリが続いた。
正直に言えば、行きたくない日がほとんどだった。あるとき、病院の駐車場についても車から降りられず、母に事情を伝えてもらったこともある。少し負荷を調整してもらいながら、なんとかリハビリを終えることができた。
顧問の「無理をするな」を、当時の私は受け入れられなかった
退院後しばらくは、松葉杖の生活だった。
学校には片手で使える杖を使って通っていたけれど、ある日、バレー部の顧問の先生に強めに注意されたことがあった。「無理をするな」と。
今思えば、ものすごくありがたい言葉だった。けど、当時の私は、その言葉をうまく受け止められなかった。
「こんなに頑張ってるのに、どうしてそんなふうに言われなきゃいけないんだろう」
家に帰ってから、自分の部屋で泣きながら、つい物にも当たってしまった。あの時の自分には、「心配されている」と「責められている」の区別がうまくつかなかったんだと思う。
でも今振り返ると、あれはまっすぐに私の体を心配してくれていた言葉だった。無理してこれ以上悪化したら、私の人生そのものに関わる。たぶん先生は、そういう景色を見ていたんだと思う。
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ようやく自分の足で歩けたとき気づいた、当たり前のありがたさ
そのうち、「今の自分でもできることはあるかもしれない」と思えるようになって、少しずつバレー部にも顔を出すようになった。
そして、ようやく自分の足で歩けるようになった日のこと、今でも忘れていない。
以前のような「思い通りに動ける感覚」は戻りきってはいなかったけれど、それでも、
「自分の力で立てる」
「自分の足で歩ける」
それがどれだけ嬉しかったか。
久しぶりにボールに触れたときの感触も、体を動かせるという当たり前の喜びも、私にとってはもう「当たり前」ではなくなっていた。
以前のように動けなくても、「動けるだけで十分すごいこと」と思えるようになった。これは怪我をしなければ、たぶん一生気がつかなかった感覚だと思う。
同じように違和感を抱えているあなたへ
正直に言うと、今でも答えは出ていない部分がある。
あのドッヂボール部に入っていなければ、膝はここまで壊れなかったかもしれない。でも、あの時の練習がなければ、ここまで体を動かす楽しさを知らなかったかもしれない。そういう、ぐるぐる回る後悔は、ずっと心の奥にある。
それでも、ひとつだけ、はっきり言えることがある。
「最初に違和感を感じた段階で、ちゃんと病院に行っていれば、ここまで悪化することはなかった」
これは、絶対にそうだと思う。
ゴキッ。ゴキゴキ。引っかかり。一瞬ロックしてしまうあの感覚。
全部、当時の膝が「もう限界だよ」と発していたサインだった。けれど私は、それを「子供だから」「みんなも我慢してる」「少し痛いだけ」という言葉で、何度も上書きしてしまった。
だから今では、体に少しでも違和感があったとき、できるだけ早めに休む。早めに病院に行く。そう決めている。
部活で頑張っている人、仕事で踏ん張っている人、家事や育児で休めずにいる人。みんな、本当に自分の体を後回しにしがちだと思う。
でも、「これくらい大丈夫」と何度も上書きしてしまった結果、私のように手術が必要な状態にまでなってしまうこともある。
少しの異変でも、無理しないでほしい。早めに、自分の体の声に耳を傾けてあげてほしい。
それが、当時の私に一番伝えたいことです。
編集部より
この記事で繰り返し出てくる「ゴキッ」「ストッパーのような引っかかり」「一瞬動けなくなる感覚」は、膝が発していたサインでした。半月板の異常がこうした違和感として現れる場合があるとされ、初期は「歩ける・走れる」ぶん、成長痛や使いすぎとして見過ごされやすい領域でもあります。部活や習い事に打ち込む時期は、本人も周囲も「休ませる」ことに罪悪感を持ちがち。けれど優先すべきは、その後何十年も付き合っていく自分の関節です。違和感が続くなら、我慢で上書きせず、早めに整形外科で診てもらうこと——それが、後の動きやすさを大きく左右します。
困った時の選択肢
【「自分の体を後回しにして、つい無理してしまう」方へ】
部活、仕事、家事や育児。まわりも頑張っているからと、自分の不調を「これくらい大丈夫」で上書きしてしまう——その癖は、自分ではなかなか気づけないもの。立ち止まって自分の状態に目を向けるきっかけに、AIと対話しながら気持ちを整理できるセルフケアアプリです。
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そのほか、状況に合わせて選べる窓口もまとめておきます。
・気持ちを誰かに話して整理したい
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体の違和感が続くときは、我慢せず早めに整形外科などの医療機関へ。こころの相談は、よりそいホットライン(0120-279-338・無料)が24時間つながります。
体との付き合い方や、自分を後回しにしない考え方をめぐる本も、たくさんあります。気になった一冊を、まず無料で試す方法もあります。
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膝に不安を抱えながら動く人が、固定やサポートのために使っているサポーターです。

