結婚式の参列者を見送っていたときのことです。
人がだいぶはけてきた頃、父が私のほうへ近づいてきました。手には、さっき渡したばかりの引き出物の袋。それを私の前に差し出して、バツの悪そうな顔でこう言ったんです。
「悪いんだけど、これ返すわ」
これは、親が三度の結婚を繰り返した家庭で育った私が、自分の結婚式で味わった話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:50代男性(結婚式当時は30代)
・関連カテゴリ:結婚・離婚(複雑な家庭環境・現在進行形の夫婦関係)
・体験形態:実体験ベース
・婚姻年数:結婚して20年弱・結婚継続中
・家族構成:子供2人(上の子は高校生)
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
親が三度結婚し、そのたびに父についていった
私の親は、私が子供の頃に二度離婚して、三度結婚しています。
離婚のたびに、私は毎回、父親のほうについていきました。シングルファーザーの息子を、何度か繰り返したような感じです。母親が変わるという経験を、子供のうちに二度していることになります。
今思えば、よその家庭とはずいぶん違っていたんだろうな、とは思います。ただ、その頃の自分にとっては、それが当たり前の日常でした。
三番目の母とは、思春期に一番こじれた
三度目の結婚のとき、私はたしか小学校四年生か五年生くらいだったと思います。それから高校を卒業するまで、その人が私の母親でした。
ちょうど思春期と重なっていたせいもあるのか、振り返ると、三人目の母とは一番仲が悪かった気がします。
その母との間に、腹違いの妹も生まれました。子供心に、少なからず嫉妬のようなものが芽生えて、よけいに馴染めなかったのかもしれません。今となっては、その感情が本当に嫉妬だったのかも、よく分かりませんが。
「帰ってくるのか?」新幹線のホームで
私はもともと地方の出身で、東京の学校に入るのをきっかけに上京しました。
上京する日、新幹線のホームまで父が見送りに来てくれました。最後に、こんな会話をした記憶があります。
「〇〇(地元)に帰ってくるのか?」
「帰らないよ」
「そうだよな」
それだけの、短いやり取りでした。実際、それから十年以上、地元に帰ったのは友達に会いに行った二回くらいだった気がします。
結婚を機に増えた帰省と、産みの母のこと
状況が変わったのは、結婚してからでした。
子供が生まれ、「産まれた子を見せに行く」「夏休みに遊びに行かせる」「年末年始に連れて帰る」といった、親なら誰でもやるようなことをするようになったからです。
ただ、主に帰る先は、三番目の母がいる家ではなく、一人目の、産みの母の家でした。産みの母とは、地元にいた頃からたまに連絡を取っていました。キャリアウーマンだったからか、父と離婚したあとは再婚もせず、今でも一人で暮らしています。
体裁で挙げた結婚式と、呼んだ産みの母
正直に言うと、私は結婚式なんて挙げなくてもいいかな、と思っているタイプでした。
それでも、妻の親戚や地元の町会の人たちへの体裁もあって、ある程度名前の通った施設で式を挙げることになりました。
三番目の母との不仲もあり、式に呼んだのは産みの母のほうでした。母も父も来てくれて、式自体は問題なく済んだ、という印象です。
ただ、ひとつ覚えていることがあります。会場で私の母を見た妻の親戚たちが、「やっぱり母親と似た顔の女性を選ぶのね」と、ヒソヒソ話していたんです。聞こえないように、でもしっかり聞こえる声で。
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式の後、父が引き出物を返しに来た
式が無事に終わって、妻と二人で参列者を見送っていました。
人がだいぶはけてきた頃、父が私のほうへ近づいてきました。手には、引き出物の袋。それを差し出して、バツの悪そうな顔で言いました。
「悪いんだけど、これ返すわ。今、〇〇(三人目の母)も東京に来ていてさ、『返して来い』って言うからごめんな」
私は「そか」とだけ言って、それを受け取りました。そのまま式場を出ていく父を、黙って見送りました。
横には妻もいたはずです。何か言っていたのか、ただ黙って見ていたのか、もう忘れてしまいました。覚えているのは、自分が「そか」としか言えなかったことだけです。
呼ばなかった母から、昔届いた一通の書留
そもそも、三人目の母を式に呼ばなかったのには、はっきりした理由がありました。
上京して一年目くらいだったと思います。一人暮らしの私のところに、一通の書留が届きました。差出人は、三番目の母でした。
中身は、「養子縁組を解消してほしい、応じない場合は法的手続きを取る」といった内容だったと記憶しています。
すぐに父に連絡しました。父は「なんか、そんなこと言っていたわ。すまんな」と、あやふやな返事をするだけでした。
当時の私はまだ若くて、「たぶん、腹違いの妹に相続させたいから、私とは縁を切りたいんじゃないかな」と父に伝えた気がします。父も「そうかもな」と返してきました。
そんなことがあった相手なので、結婚式に呼ばないのは、私の中ではごく当たり前のことだったんです。
あの人は、何がしたかったのか
あとから少し聞いた話では、「一人で東京に行かせると何をするか分からないから、〇〇もついてきた」と父は言っていました。
三番目の母は、現役の母である自分を呼ばず、産みの母を呼んだことを怒っていたんでしょうか。それとも、本当は式に出席したかったんでしょうか。あるいは、ただ何かしらの嫌がらせをしたかっただけなのか。
正直、今でもどっちだったのか分かりません。仲が悪かった母は、当然来ないものだと思っていた。私はただ、そう思って、そうしただけでした。
妻の言葉と、産みの母の怒り
式が終わってから、引き出物を返された顛末を妻に話しました。妻は、
「わざわざ返しに来なくても、いらないなら分からないようにどこかに捨てて帰ってくれればいいのにね」
と言っていました。
産みの母にもこの話をしたら、こちらはめちゃくちゃ怒って、父に電話して激怒したと、後から聞きました。私自身は、もうそこまで腹も立たなかった気がします。慣れていたのかもしれません。
今の夫婦関係と、子供たちに思うこと
冒頭に書いたとおり、今、妻との関係は、正直そんなにうまくいっていません。
理由のひとつに、私も妻も片親で育ったことが関係しているんじゃないか、と考えたりもします。本当のところは分かりませんが。
結婚にまつわる入口の、結婚式での話。色々なエピソードがあるなかで、引き出物を返されたあの場面が、なぜか一番記憶に残っています。
それでも、二人いる子供たちのためにも、なるべく離婚はせずにいたほうがいいのかな、と思ったりします。少なくとも、私のような結婚式を、子供たちにはさせないようにするべきなのかもな、と。
答えは、今もはっきりとは出ていません。
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編集部より
再婚を重ねた家庭で育った子どもは、親の都合で「母が変わる」経験を、自分では選べないまま積み重ねていくことがあります。継親子の関係は、養子縁組や相続といった制度が絡んだ瞬間、当人の感情とは別の論理で線引きされてしまう——引き出物を返すという場面は、その境界がもっとも見えにくい形で表に出た一例だったのかもしれません。親の情が本物だったのか、それとも拒絶だったのか。答えが出ないまま大人になった人は、決して少なくないようです。
困った時の選択肢
【父の本心が、今も分からないという方へ】
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そのほか、状況に合わせて選べる窓口もまとめておきます。
・誰かに話して気持ちを整理したい
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公的な窓口としては、夫婦関係を続けるか迷ったときの法的な相談に法テラス、気持ちの行き場に困ったときによりそいホットラインが、無料で相談に乗ってくれます。
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失ってしまった関係や、これから子どもに残していく時間を、目に見える形にしておきたい人には、家族の写真をまとめておけるフォトアルバムを手元に置いておく、という選び方もあります。

