「もう、離婚したい」
そう切り出したとき、妻が見せた顔を、自分は今でも忘れられません。
驚きと、絶望と。その二つが混ざったような顔でした。
大切にしていたはずの人に、自分のほうからそう告げたんです。やりたいことを、どうしても諦められなくて。
これは、夢のために一度は妻を手放し、それから何年も後悔しつづけた男の話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:40代男性
・関連カテゴリ:結婚・離婚(夢・キャリアのための離婚と再婚)
・体験形態:実体験ベース
・体験時期:20代後半〜30代
・婚姻状況:20代で結婚・離婚を経験、後に同じ相手と再婚
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
同じ大学で出会って、社会人2年目で結婚した
妻とは、大学の同じ学部で出会いました。文学部でした。
付き合っている頃から、不思議と価値観が合う人で。一緒にいると、ただ癒されるんですよね。たぶん向こうもそう思ってくれている、と自分は信じていました。
在学中から、お互い就職して少し落ち着いたら結婚しよう、と決めていて。卒業して2年が経った頃、その約束どおり、自分たちは結婚しました。社会人になって、まだ2年目のことです。
あのときは、これからの人生がぜんぶ地続きで、うまくいくものだと思っていました。
今の仕事に違和感を覚えて、言語聴覚士という道を見つけた
就職して3年目くらいでしょうか。どうも今の仕事が自分に合わない、という気持ちが消えなくなって。
何か手に職をつけたい。漠然と、そう思うようになりました。
インターネットでいろいろ調べているうちに、当時はまだ新しくて、資格もできたばかりだった「言語聴覚士」という仕事を知ったんです。
もっと知りたくて、言語聴覚士の先生が参加するボランティア活動を探して、自分も飛び込んでみました。その先生から直接話を聞いて、ああ、自分はこの仕事に就きたいんだ、と。
ただ、今の会社をいきなり辞める勇気はありませんでした。だから、働きながら通える夜間の養成校を探して。4年制の夜間課程が、ひとつ見つかりました。
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妻に相談した日から、口論が絶えなくなった
結婚していましたから、こういう大きなことを、自分ひとりでは決められません。
妻に相談しました。働きながら、夜間とはいえ4年も学校に通う。その話をしたら、反対されました。今から4年も通うなんて、と。
その日から、家の中で口論が絶えなくなったんです。
自分の中では、もう言語聴覚士になりたいという気持ちは固まっていて。どうにか説得しようとしました。でも妻は、断固として首を縦に振らない。
溝は、深くなる一方でした。
そのうち妻の両親までやってきて、「将来のことを考えれば、私たちも反対だ」と。味方が、どこにもいなくなった気がしました。
自分のほうから、離婚を切り出した
悩みに悩みました。
気づいたら、結婚していること自体に、苦痛を感じるようになっていて。
そして自分のほうから、「離婚したい」と伝えたんです。妻は、驚きと絶望の入り混じった顔をしていました。
申し訳ない、という気持ちはありました。本当にありました。でも、人生は一度きりだから。自分の考えを、どうしても曲げるわけにはいかなかった。
話し合いを重ねた末に、自分たちは離婚することになりました。
離婚してから、これで良かったのかと後悔しつづけた
離婚してから、自分は後悔しまくりました。これで本当に良かったのか。何度も、何度も。
妻のことは、ちゃんと愛していたんです。それでも自分の生き方を曲げられなかった。こんな自分は、まだ未熟なんじゃないか、とさえ思いました。
自分の両親からも「おまえはバカだ」と罵られました。
それでも、意志だけは貫きました。
ここまで自分を追い込んだんだから、と。せめて養成校の入学試験くらいは、一発で合格してやる。そう思ったんです。
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会社を続けながら、必死に入学試験の勉強をした
会社は辞めずに、入学試験の勉強を始めました。
学生からずいぶん離れていたので、これが本当に大変で。試験は国語・数学・英語の3教科に、小論文まであったんです。この対策が、想像以上にきつかった。
仕事をしながらの勉強というのは、自分が思っていたよりも、ずっと重いものでした。
一人暮らしの台所で、妻の有難みを思い知った
離婚して、自分は一人でアパート暮らしを始めました。
そうしたら、家事がほとんど疎かになってしまって。妻がいた頃は、共働きだったのに、家のことはほとんど彼女がやってくれていたんです。
シンクにたまった洗い物を見るたびに、ああ、妻の有難みって、こういうことだったのか、と。
それを思うと、この選択は本当に正しかったのか、と一人で涙ぐむことが、何度もありました。
二足の草鞋を履いて、国家資格を取った
それから、月日が流れました。
入学試験は、宣言どおり一発で合格できました。養成校の3年目までは、昼は仕事、夜は学校という二足の草鞋でした。
4年目は実習があるので、さすがに仕事を辞めて、貯金を切り崩しながら生活して。
離婚という痛い出来事をバネにして、なんとか4年で卒業しました。卒業のときには、言語聴覚士の国家試験にも合格できて。就職も、実習先だった病院に決まりました。
ここまでは、順調だったんです。
消えなかった連絡先と、3年後に届いた元妻の想い
実は、この話には後日談があります。
妻とは、憎しみで別れたわけではありませんでした。だから別れた当時は、確かにギクシャクしていたけれど、お互いを好きだという気持ちは、変わっていなかったんだと思います。
連絡先も、二人とも消さずに残してありました。元妻が自分の連絡先を残してくれていたと知ったのは、離婚から3年ほど経った頃です。
きっかけは、共通の大学時代の友人でした。「元妻が、まだお前のことを忘れられないって悲しんでたぞ。連絡先もまだ残してるらしいから、一度連絡してみろよ」と。
正直、送るのはすごく勇気がいりました。返信が来るかどうかも分からなくて、内心びくびくしていて。
ところが、すぐに返ってきたんです。「言語聴覚士に向けて、頑張ってる?」って。自分は「頑張ってるよ」と返しました。
住んでいる場所も近かったので、それからまた、月に1回くらいお茶をするようになりました。
「もう一度やり直せないかな」と言われて
そして自分が国家試験に合格して、就職も決まった頃。元妻から、「もう一度、やり直せないかな」と言われたんです。
驚きました。まさか、復縁を迫られるとは思ってもいなかったから。
散々迷惑をかけた負い目もあって、自分のほうから復縁を望むことは考えていませんでした。でも、元妻のことを忘れられたわけでもなくて。
この機会を逃したら、自分は一生独りかもしれない。
そう思って、自分は復縁を選びました。
今でも、あのとき離婚を切り出したことが正しかったのかは、よくわかりません。ただ、遠回りした分だけ、隣にいてくれる人の有難さは、前よりずっと分かるようになった気がします。
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やりたいことと結婚生活の間で揺れている人へ
やりたいことができたとき、自分では妻に「相談」しているつもりでも、心の中ではもう答えが出てしまっていることがあります。この方が反対されたのは、夢そのものより、結論を決めたあとに押し通そうとした進め方だったのかもしれません。夢も人も諦めたくないなら、自分の答えを出す前に一度だけ、相手の不安をまるごと聞く時間をつくってみてください。
困った時の選択肢
【パートナーとの関係を、もう一度ちゃんと見つめ直したい方へ】
すれ違ったまま大事な選択をして後悔する前に、二人の関係や相手選びの軸を、専門家と一緒に整理してみる方法もあります。やり直すにしても、次に進むにしても、自分の考えを言葉にする練習になります。
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そのほか、状況に合わせて選べる窓口もまとめておきます。
・次の一歩として、価値観の合う相手と出会い直したい
・誰かに話して、頭の中を整理したい
・まず自分の気持ちの整理・自己理解から始めたい
→ 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)
公的な窓口としては、よりそいホットライン(24時間・無料)や、離婚や養育の法律面で迷ったときの法テラスが、無料で相談に乗ってくれます。
選んだ道と、選ばなかった道。どちらのことも誰かの言葉を通して見つめ直したいときは、気になった一冊を、まず無料で試す方法もあります。
・読んでみる
・聴いてみる
その日の選択や気持ちを書き留めておくと、感情に流されそうなときに、後から落ち着いて振り返れます。何年か分の同じ日付が一冊に並ぶ連用日記は、迷いも後悔も、時間をかけて見つめ直す手助けになります。

