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小6息子のランドセルを怒りで放り投げた40代父の後悔|あの怯えた顔を忘れない50代男性の話

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あの夜、私は息子のランドセルを玄関から外に放り投げた。

ランドセルが地面に落ちる鈍い音と、振り返ったときに見た息子の表情。あれから10年以上経った今でも、ふとした瞬間に思い出す。

これは、40代だった私が小6の息子に怒りをぶつけて、後悔し続けている話だ。

体験者プロフィール

・年代・性別:50代男性

・関連カテゴリ:子育て・家族の後悔(親が子供に怒りをぶつけた後悔)

・体験当時:40代・小学6年生の息子と妻との3人暮らし

・体験形態:実体験ベース

・現在の状況:結婚継続中・息子は成人

※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。

帰宅した玄関で耳に飛び込んできた、宿題を巡る母子の言い争い

あれは長男が小学6年生だった、春のことだ。

仕事を終えて帰宅した私は、疲れと焦りが混ざったような、どこか余裕のない状態だった。玄関のドアを開けると、すぐに妻と息子の言い争う声が耳に飛び込んできた。

内容は、宿題のことだった。

「早くやりなさい」という妻の言葉に対して、「あとでやる」「うるさいな」と息子が言い返している。

よくある親子のやり取りだ。普段なら、夕飯の支度をしている妻に「お疲れ」と声をかけて、リビングでテレビでもつけて、息子のことは妻に任せたかもしれない。

でも、その日の息子の言い方は、聞いていてどうにも引っかかった。

私には乱暴に聞こえた。母親に向ける言葉じゃない、と思った。

制止に入った瞬間、私の口調はもう冷静さを失っていた

最初は、様子を見ようと思った。割って入って状況をややこしくするのは、自分の役目じゃないとも思っていた。

ただ、言葉のやり取りは時間を追うごとに強くなっていく。

息子の声の角ばり方、投げやりな態度、そういうものが胸の奥でじわじわ膨らんでいって、気づいたときには「母親に対する言い方じゃない」という怒りに変わっていた。

仕事で何かあったのかもしれない。あの日の自分が、普段より余裕がなかったのは確かだ。今思えば、息子に怒っているふりをしながら、自分のなかの何かを発散していた節もあった。

「その言い方はなんだ」

気づけば、私は強い口調で割って入っていた。冷静さなんかなかった。正しさを伝えるというより、ただ怒りをぶつけたかったんだろう、と今ならわかる。

息子も負けじと反発してきた。その目には反抗心が宿っていた。年頃の子供としてはむしろ自然な反応だったのかもしれない。

ただ、そのときの私には、それを受け止める器はなかった。

気づけば私は息子のランドセルを玄関の外へ放り投げていた

言葉の応酬はあっという間にエスカレートした。

リビングと玄関の境目あたりで向き合うかたちになって、空気は一気に険しくなっていく。

そして、次の瞬間。

私の手が、玄関に置いてあった息子のランドセルに伸びていた。

気づいたときには、ランドセルを掴んでいた。そのまま外に向かって放り投げていた。

自分でも驚くくらい乱暴な動作だった。あんなふうに物を投げたことは、それまでの人生で一度もなかった。

ランドセルが地面に落ちる音は、やけに大きく響いた。

玄関の外、夕方のどこか湿った空気のなか、ガサッとも、ドサッともつかない、鈍い音。あの音の感触は今でも覚えている。

振り返った息子の顔に浮かんでいたのは、反抗ではなく恐れだった

玄関のなかは一瞬で静まり返った。

さっきまで言い合っていた声も、テレビの音も、何もかもが急に遠くなったような感じがした。

聞こえるのは、自分の荒い呼吸だけだ。

目の前に立っていた息子は、固まっていた。

そして、その顔を見たとき、胸の奥が一気に冷えた。

そこにあったのは、怒りではなかった。反抗でもなかった。

ただ、はっきりとした「恐れ」だった。

目を見開いて、口を半分開いて、どうしていいかわからないという顔。次に何が起きるのか怖くて動けない、という顔。

あの表情を見た瞬間、自分が何をしたのかを理解した。

あれはしつけじゃない。教育でもない。

ただ、自分の感情を子供にぶつけただけだ。守るべき相手に対して、恐怖を与えてしまった。

その事実が、重く胸に刺さって、しばらく動けなかった。

ランドセルを拾いに行き、家に戻っても言葉が出てこなかった

私は何も言えないまま、玄関を出てランドセルを拾いに行った。

手に取ると、その重さがやけに現実的だった。中には教科書、ノート、筆箱が入っている。明日学校に持っていくはずの、息子の日常そのものだ。

それを、私は怒りに任せて投げたのだと思うと、情けなさで足が止まりそうになった。

家に戻ると、息子はまだその場に立っていた。さっきまでの強気な様子は消えて、ただ黙ってこちらを見ている。

何か言わなければと思った。謝るべきだとわかっていた。

でも、喉が詰まったみたいに、言葉が出てこなかった。

結局、その場は不自然な沈黙のまま終わった。

妻も何も言わなかった。たぶん、何を言っていいかわからなかったんだろう。

表面上は元通りの日常、それでも私の中で確実に変わったこと

表面的には、その日もそれからも、家のなかは同じように回っていった。食卓を囲んで、同じテレビを見て、同じ家で眠る。

でも、あの日を境に、私のなかで確かに何かが変わっていた。

息子に声をかけるとき、それまでよりどこか慎重になった。

怒りが込み上げたときも、すぐに口に出すんじゃなくて、一度飲み込む癖がついた。

別に高尚な決意をしたわけじゃない。あの夜の音と、息子の顔が、頭のどこかにずっと残っていて、自分にブレーキをかけるようになった、ただそれだけだ。

それでも完璧にはいかなかった。怒鳴りそうになる場面は何度もあった。

ただ、ランドセルを投げたあの瞬間まで自分を持っていかないように、自分なりに気をつけるようになった。

正解だったかはわからない。

あの日にちゃんと「ごめんなさい」と言えていれば、もっと違う関係になれていたかもしれない。そういう「もしも」を考えても仕方ないとわかっていても、考えてしまう日はある。

「この前はびっくりした」息子のひと言にようやく出た「ごめん」

あれから数か月か、半年くらい経った頃だったと思う。

何気ない会話の流れで、息子がふと小さな声で言ったことがあった。

「この前は、ちょっとびっくりした」

責めるトーンじゃなかった。淡々と、思い出話みたいな言い方だった。

でも、かえって胸に深く刺さった。

私はそのとき、ようやく「ごめん」と言うことができた。

たぶん、遅すぎたと思う。

本当はあの夜のうちに、ランドセルを拾って戻った瞬間に、言うべきだった。

それでも、何も言わずに済ませてしまうよりは、よかったのだと思いたい。

息子は少し照れくさそうにうなずいて、それ以上は何も言わなかった。

その反応に救われたような気もしたし、同時に、もう取り返せないものを感じる気持ちも残った。

あの一言を息子が口にするまで、息子のなかにあの夜の記憶がずっと残っていたんだという事実が、いまだに重い。

50代の今、あの日の記憶があるからこそ自分の感情と向き合えるようになった

あの日の出来事は、年月が経つほど、自分のなかで意味が変わっていった。

最初は「あの日、ああしなければ」「一呼吸置いていれば」という後悔だった。

今は少し違う。

あの出来事があったからこそ、自分の感情と向き合おうとするようになった、というのが正直なところだ。

どれだけ腹が立っても、その場で爆発させるんじゃなくて、一度飲み込んで、何を伝えたいのかを問い直す。

簡単じゃない。簡単じゃないどころか、今でも完璧にはできない。

ただ、意識だけは変わった。

息子はもう大人だ。今は穏やかに話せる。意見がぶつかることもあるけれど、あの夜のような激しい衝突はもうない。

それは息子が大人になったからでもあるし、自分も少しは変わってこられたからだとも、ちょっとだけ思いたい。

50代になった今でも、ランドセルが地面に落ちたあの鈍い音は、ふとした瞬間によみがえる。

忘れたいと思うけど、たぶん忘れちゃいけないんだろうな、とも思う。

関連記事:大学受験で滑り止めを巡り父と揉めた後悔|30代男性が10年以上経って気付いた父の寛容さ

同じように怒りで子供に向き合ってしまったあなたへ

子供を叱ることは、必要な場面もある。

それは親の役目のひとつだとも思う。

ただ、怒りに任せた行為は、何も伝えない。

そこに残るのは、相手への恐怖と、自分のなかのモヤモヤだけだ。

あの日、私は一切「教育」してはいなかった。

ただ、息子に自分の感情を投げつけただけだった。

もし今、同じような状況に立っている人がいるなら、ひとつだけ伝えたい。

怒鳴る前に、一回だけ、深呼吸してほしい。

たった数秒のことなのに、その数秒で、自分の言葉も態度も、ぜんぜん違うものに変わる。

私が10年以上かけてやっと身につけたのが、その数秒だ。

頭ではわかっていても、その瞬間に思い出せるかどうかが全部だ。

だからこそ、こうやって書いている。

誰かのその数秒に、少しでも届けばいいなと思っている。

関連記事:父が亡くなった夜に実家を素通りした22歳の後悔|33年経って気づいた親孝行のかたち

編集部より

この記事で重いのは、ランドセルが地面に落ちた鈍い音のあと振り返った息子の顔に、反抗ではなく「恐れ」が浮かんでいたことです。親にとっては一度の出来事でも、子の中には長く残る——数か月後に「この前はびっくりした」と本人から告げられて、ようやくその重さに気づくこともあります。疲れや余裕のなさが重なると、本来向けるべきでない相手に矛先が向かってしまう。怒りそのものを消すのは難しくても、爆発させる前に一度だけ飲み込む“数秒”は、意識すれば少しずつ身につきます。その数秒が、親子の関係を守ってくれることがあります。

困った時の選択肢

【怒りを、つい子どもにぶつけてしまう自分が嫌になる方へ】
怒りそのものをなくすのは難しくても、「爆発する前に一度飲み込む」数秒は、意識すれば少しずつ身につきます。まず自分が何にどう反応しやすいのか、その傾向に気づくところから。AIと対話しながら感情を整理できるセルフケアアプリです。
心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)

そのほか、状況に合わせて選べる窓口もまとめておきます。

・気持ちを誰かに話して整理したい
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公的な窓口としては、よりそいホットライン(0120-279-338・子育ての悩みやこころの相談を無料で受けられる窓口)が、24時間つながります。

子育てや、怒りとの付き合い方をめぐる本も、たくさんあります。気になった一冊を、まず無料で試す方法もあります。
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怒りで押し切ってしまう前に、子どもの気持ちを聞く時間をつくる。親子で使える質問カードや感情カードは、面と向かって話すのが難しいときの、対話のきっかけづくりに使われています。

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