父が亡くなった夜、私は実家の前を通り過ぎていた。
電気の消えた家を見て「もう寝ている。今週末に顔を出せばいい」と思いながら、車を走らせ続けた。 その2時間半後、父は息を引き取った。
これは22歳で父を亡くした私が、33年経った今も忘れられない後悔と、その後の私を変えた小さな決意の話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:50代男性(体験当時は22歳)
・関連カテゴリ:子育て・家族/親孝行できなかった後悔/父との死別
・体験時期:22歳(父の死別時)/55歳の三十三回忌の節目に振り返り
・体験形態:実体験ベース
・後悔のテーマ:父が亡くなった夜に実家の前を素通りした22歳の選択を33年悔やみ続け、母への「たった10分」の親孝行を積み重ねる現在
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
44歳のままの父と、それを追い越した55歳の私
実家のリビングには、父の写真が今も飾られている。 44歳のまま止まった父の顔。
最近、鏡を見るたびに、ふとした表情がその写真に重なって驚くことがある。特に目元や目尻のシワがよく似てきた。
かつて「大人」だと思っていた44歳の父を、55歳になった今の私は10歳以上も追い越してしまった。
改めて父の写真を眺めると、当時の父がいかに若く、これからやりたいことがたくさんあっただろうかという思いが込み上げてくる。
今年、三十三回忌という節目を迎える。これを機に、当時の出来事と、その後の私を支えてきた小さな決意について書いておこうと思う。
22歳で父親になった、若すぎる夫婦の日々
当時、私は22歳。就職してまだ数年で、収入も低かった。
妻は20歳。当時としてもかなり早い結婚と出産だった。 新居は、それぞれの実家から車で5分ほどのアパート。
妻の実家には頻繁に夜ご飯をご馳走になり、何かと頼ることが多かった。一方で、自分の両親は嫁である妻に遠慮してか、積極的には介入してこなかったと思う。
今振り返れば、もう少し自分の両親にも頼るべきだったのかもしれない。 父も母も、本当はもっと孫と関わりたかったのではないかと、今になって思う。
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娘の夜泣きを止めるためのドライブが日課だった
娘が生まれて半年。初めての育児に翻弄される日々が続いていた。
特に夜泣きがひどかった。アパートの中であやしても全然泣き止まず、隣の住民から壁をドンドンと叩かれて怒鳴られたことも一度や二度ではなかった。
唯一、娘がぴたりと泣き止む場所があった。
それは、車の中だった。
ドライブを始めると、車の振動と音に癒されるのか、20分もしないうちに寝息を立て始める。妻の妊娠中もよくドライブしていたから、胎教の影響なのかもしれないと、当時は妻と話していた。
寝顔を見れば癒される。けれど、毎日となるとさすがに疲れる。 そんな日々が、ずっと続くのだと思っていた。
いつもと違う道を選び、実家の前を通り過ぎたあの夜
その日も、娘をあやすためにドライブを始めた。 時計の針は22時半を回っていたと思う。
なぜかその夜は、いつもは通らない道を選んだ。 自分の実家のほうへハンドルを切ったのだ。
5分ほど車を走らせると、実家が見えてきた。 電気は消えていた。
「もう寝てるな。今週末に顔を出せばいいか」
そう思いながら、私はそのまま実家の前を通り過ぎた。 あの瞬間に車を停めていれば。あの瞬間にインターホンを押していれば。何度悔やんでも、もう取り戻せない。
その夜に限って、娘はなかなか寝付かなかった。 仕方なく、いつもより遠出をすることにした。
走っていたのは、父が母の実家へ行くときによく使っていた道だった。
なぜその夜に限って、父の足跡をなぞるようなルートを走ったのか。今でもうまく説明できない。
深夜1時、アパートに戻ると妻の実家の車が停まっていた
2時間半のドライブを終え、ようやく寝てくれた娘を抱えてアパートに戻ったのは、深夜1時を回った頃。
駐車場には、妻の実家の車が停まっていた。 こんな時間に何事だ、と思いながら部屋に入る。
「お父さんが倒れて、今は病院にいる」
妻の言葉が、頭の中でうまく結びつかなかった。
倒れた。父が。今、病院に。
最初に頭をよぎったのは、ほんの数時間前、実家の前を通り過ぎた自分の姿だった。
「あの時、寄っていれば」
その思いだけが、繰り返し脳内で反響した。
すぐに踵を返し、病院へ向かった。 焦りでスピードを出しすぎたのだろう、途中で警察に呼び止められた。 事情を説明しても、対応の時間はとてつもなく長く感じた。
ようやく病院に着いたが、父はすでに亡くなっていた。 遺体は自宅へ運ばれたあとだという。
来た道を、慎重に、慎重に、実家へ戻った。
変わり果てた父と対面し、悲しみより先に襲ってきた後悔
実家の明かりは煌々と灯っていた。 父の同僚も母に付き添ってくれており、人数は結構いたと記憶している。
最初に親戚らしき人にかけられたのは、「どこにいたんだ」というような言葉だった。
こっちも娘の寝かしつけで大変だったんだ、と反論したい気持ちを抑え、父が横たわる部屋へ向かった。
そこには、変わり果てた父がいた。
その瞬間、頭をよぎったのは悲しみではなかった。
「あの時、実家に寄っていれば」 「目の前を通ったのに、何をしていたんだ」
そういう自責の念が、悲しみより先に脳内を埋め尽くした。 周りでは父を運び入れる際の話などが交わされていた気がするが、何ひとつ頭に入ってこなかった。
亡くなった時間を聞いて、さらに無念が深くなった。 私が実家の前を通り過ぎた時間帯と、父が息を引き取った時間帯がほぼ重なっていたのだ。
今振り返ると、なんとなく実家の方角へハンドルを切ったのは、父が呼んでくれたのかもしれないと思う。 ドライブのルートが父のお気に入りの道だったのも、偶然ではなかったのかもしれない。
そういえば、病院からの帰り道、たぬきが道の真ん中に立ち止まり、こちらをじっと見て動かなかった。 あれは父が最後の別れを告げに来てくれたのかもしれないと、今でも思っている。
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袖を通さなかったポロシャツと、やり直さなかったお宮参り
それからしばらく、私は次々と蘇る「あの時こうしていれば」に苛まれた。
娘は父にとって初孫だった。 もっと頻繁に会わせてあげれば良かった。
亡くなる1週間前は父の日だった。プレゼントにポロシャツを持っていったが、玄関先で渡してすぐに帰ってしまった。 あと10分でも上がっていれば、最後に父と話せたかもしれない。
お宮参りの日、関東では珍しく雪が積もり始め、急遽中止にした。 後日やり直そうと思っていたが、結局しなかった。 やり直していれば、父と娘の写真がもう一枚、残っていたはずだった。
そして、父の日に渡したポロシャツ。 父は「旅行に着ていく」と言って、一度も袖を通すことなく逝ってしまったと、後で母から聞いた。
居た堪れなかった。
行動を起こすか、起こさないか。 たった10分、たった一度の声がけ、たった一度のやり直し。
その小さな差が、後悔の量をこれほど変えるのかと、22歳の私は身をもって思い知った。
三十三回忌を迎える今、母への親孝行で続けている小さなこと
それからの私は、親に関しては絶対に後悔しないよう、なるべく行動を起こすようにしてきた。
母は今も一人暮らしをしている。 近くから見守り、ちょくちょく顔を出すようにしている。
電話はしなくても、近くを通ったら寄る。 1分でも顔を見てから帰る。 それだけでも、22歳のあの夜の自分とはまったく違う行動だ。
母の希望はなるべく叶えるようにしている。 特に「旅行に連れて行ってほしい」という願いには、可能な限り応えてきた。 父が逝ってから、母が一人で背負ってきた33年を思えば、これくらいは当たり前だと思っている。
旅行先で母が笑っている顔を見るたびに、心の中で父に報告する。 「父さん、母さんは元気だよ」と。
同じ後悔をしてほしくない、親と離れて暮らすあなたへ
22歳の私には、親孝行という言葉の重みがわからなかった。
親はいつまでも元気でいてくれるものだと、なんとなく思い込んでいた。 だから、実家の前を通り過ぎることも、玄関先でプレゼントだけ渡して帰ることも、お宮参りをやり直さないことも、たいしたことではないと思っていた。
けれど、別れは前触れもなくやってくる。
親と離れて暮らしている人へ。
実家の前を通ったら、明かりがついていなくても寄ってみてほしい。 プレゼントを届けたら、5分でいいから上がってお茶を飲んでほしい。 やろうと思っていたイベントは、面倒でもやり直してほしい。
たった10分の差が、一生の後悔を防いでくれるかもしれない。 私が今、母にしているのは、その「たった10分」の積み重ねでしかない。
三十三回忌を迎える今、44歳の父の写真に向かって思う。 あの夜、実家の前で車を停めなかった私を、許してください。 そして、あなたの分まで、母を大切にし続けます。
これは、父の最期の夜に実家を素通りした22歳の私が、33年かけてようやく言葉にできた後悔と、これからも続けていく親孝行の話です。
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編集部より
この記事で動かされるのは、明かりの消えた実家の前を「今週末でいい」と通り過ぎた数時間後に、父がほぼ同じ時刻に息を引き取っていた、という事実です。親側がまだ40代・50代だと、本人も家族も「別れはまだ先」と思いがちで、心の準備のないまま其の時を迎えることがあります。実家の前を素通りする、玄関先で立ち話で済ませる、約束を後回しにする——何事もなければ気にも留めない小さな選択が、別れのあとで初めて重みを持ちます。「あと10分」を惜しまないことが、何十年も先の自分を支えてくれることがあります。
困った時の選択肢
【大切な人を亡くした後悔を、一人で抱えている方へ】
「あのとき寄っていれば」という思いは、何年経っても自分を責め続けることがあります。気持ちを一人で抱えきれないとき、専門のカウンセラーに話すことで、少しずつ整理がついていくこともあります。
→ オンラインカウンセリング cotree
そのほか、状況に合わせて選べる窓口もまとめておきます。
・自分の気持ちを少しずつ整理したい
→ 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)
公的な窓口としては、よりそいホットライン(0120-279-338・大切な人を亡くした悲しみやこころの悩みを無料で相談できる窓口)が、24時間つながります。
後悔との向き合い方や、大切な人との時間をめぐる本も、たくさんあります。気になった一冊を、まず無料で試す方法もあります。
・読んでみる
→ Kindle Unlimited(30日間無料体験)
・聴いてみる
→ Audible(30日間無料体験)
「あのとき写真を残しておけば」——別れたあとでは、思い出はもう増やせません。古い写真をデータ化して残せるスキャナーは、色あせる前に家族の記憶をかたちに残しておきたい人に選ばれています。

