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大学受験で滑り止めを巡り父と揉めた後悔|30代男性が10年以上経って気付いた父の寛容さ

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大学受験のとき、もう少し父の意見に耳を傾けていれば。

そう思うようになったのは、自分が30代になって、しばらく経ってからのことでした。これは、高校3年の秋に、滑り止めを巡って父と揉めた30代男性の後悔の話です。

📌 体験者プロフィール

年代・性別:30代男性

関連カテゴリ:大学受験/親子関係

体験時期:高校3年の秋〜大学受験本番(10代体験/30代の振り返り)

体験形態:実体験ベース

後悔のテーマ:滑り止めを巡って父と揉めた高校時代、父の寛容さに気付けなかったこと

※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。

滑り止めを巡って険悪になった、高校3年の秋

高校3年の秋ごろになると、実際に受験する大学を具体的に決めていく時期に入りました。

夏までは漠然と志望校の話をしていただけだった私も、模試の結果や偏差値と向き合いながら、現実的なラインを引かないといけなくなったわけです。

両親とは、わりと話し合いを重ねていました。志望大学、受験する大学に関しては、ある程度の合意はとれていたと当時の私は感じていたんです。

ただ、滑り止めの大学を巡って、父と意見が割れました。

父が提案してきたのは、当時の私の学力からいって、ほぼ確実に受かるだろうという大学でした。

それを聞いた瞬間、私は反射的に「無理だ」と思ったのを今でも覚えています。

関連記事:文学部を受けなかった後悔|経済学部で苦労した30代男性が大学卒業後に気付いた本当の興味

「そこに進学するくらいなら浪人したい」という気持ちがあった

父の提案した大学は、確かに合格はほぼ確実だったと思います。

でも、私はその大学に進学する自分が、まったく想像できませんでした。仮にそこに合格して、他の大学が全部落ちたとしても、私はその大学には行けない。そう感じていたんです。

自分の学力からいって、ちょっとレベルが低すぎる──そんな感覚があったのは事実です。受かっても進学する気がわかないなら、受験する意味がないんじゃないか。そう思っていました。

だから、最悪の場合は浪人して、もう1年頑張りたい。そういう気持ちがどこかにありました。

父からすると、それは納得できない話だったと思います。浪人すれば1年余分にお金がかかるし、結果が出る保証もない。それなら、確実に合格できる大学を押さえておくべきだ──父の考えは、今になってみればごく真っ当な親の意見です。

でも、当時の私には、まったく届きませんでした。

しばらくは家の中に険悪なムードが漂っていて、夕食の時間が気まずいなと感じていたのを覚えています。

第一志望にこだわった本当の理由は、高校受験の挫折だった

あんなに頑なになっていた背景には、高校受験での挫折があった気がします。

高校受験のとき、私は思うような結果にならなかったんです。第一志望に受かった同級生のことを、ふと思い浮かべる瞬間が、高校生活の中で何度もありました。

その同級生のことを思うと、なんとなく自分と比べて幸せそうに見えて。劣等感のようなものを、ずっと引きずっていたのかもしれません。

だから、大学受験には妙な執念がありました。高校受験で果たせなかったものを、大学受験で取り戻したい。最終学歴になる可能性が高い場所だからこそ、ここだけは譲りたくない──そんな気持ちが、強くあったと思います。

今思えば、それは父にもうまく伝えていなかった気がします。ただ「滑り止めはそこじゃ嫌だ」とだけ言って、感情の根っこの部分までは話していませんでした。

あれをちゃんと話していたら、もう少し違う着地点があったのかもしれません。

合格率10%もない第一志望を、父は普通に受けさせてくれた

冷静に振り返ってみると、私の第一志望と第二志望は、模試の結果からして合格の確率が10%もなかったと思います。

偏差値もかなり開きがあって、客観的に見ればチャレンジというより無謀の領域でした。

それでも、父はその2校に関しては、何も言わずに受験させてくれたんです。

特に文句を言われた記憶もありません。「ダメ元でも、受けたいなら受けなさい」というスタンスで、受験料の話も特に揉めずに済みました。

今になって思えば、これは結構すごいことだったのかもしれません。

家庭によっては「合格の見込みがない大学にお金を払うのは無駄だ」と反対されたり、もっと現実的な選択を強制されることもあったはずです。

でも、当時の私は、それを「当然」と受け止めていました。むしろ「受験させてくれることに感謝なんて、しなくていい」とすら思っていた気がします。

第一志望を受けないという選択肢は、私の中には存在しませんでした。仮にそこで諦めていたら、どれだけ確率が低くても、絶対に後悔する。そう思い込んでいたんです。

大人になって気付いた、父はちゃんと寛容だった

険悪なムードのまま受験本番が近づいていく中で、最終的には話し合いを重ねて、滑り止めについても折り合いをつけました。

折り合いをつけてしまえば、父との関係も元に戻りました。受験そのものも、なんとか乗り越えて。

でも、本当の意味で「あのときの父のこと」を考え直したのは、もっとずっと後のことです。

社会に出て、自分の周りの話を聞くようになってから、徐々に気付きました。「うちの父親、文句言わずに合格率の低い大学に受験料払ってくれていたんだな」と。

他の家庭の話を聞くと、もっと厳しい親もいれば、もっと現実的な選択を求める親もいました。比較するのは良くないと分かっていても、自分の父が当時してくれていたことが、決して「普通」ではなかったと感じるようになっていったんです。

特に、感謝の気持ちがゼロだった当時の自分を思い返すと、申し訳ないなと思います。

寛容に受験を許してくれた父に対して、滑り止めの件だけで険悪なムードを作り出していた高校生の自分。あれはちょっと、視野が狭すぎました。

関連記事:父が亡くなった夜に実家を素通りした22歳の後悔|33年経って気づいた親孝行のかたち

滑り止めの件も、もう少し歩み寄ってもよかった

だからこそ、あの滑り止めの提案も、全面的に賛成とはいかなくても、もう少しは理解してあげる必要があったと思っています。

父からすれば、確実に合格できる大学を一つ押さえておくことは、子どもへのセーフティネットを用意することでした。浪人にかかるお金、もう一度1年間頑張らせる負担、メンタル面のリスク──そういうものをひっくるめて、現実的に考えた上での提案だったはずです。

私はそれを「自分のレベルを下に見られた」とだけ受け取って、反発していました。父の意見の中にある「リスク管理」の側面を、まったく見ようとしていなかったんです。

もちろん、結果として浪人せずに済んだので、当時の私の選択が完全に間違っていたとも言い切れない部分はあります。

ただ、揉め方は、もう少しなんとかなったはずだと思うんです。

父との関係をやり直そうと、それから意識してきたこと

そういう後悔があったから、それ以降は父とできるだけいい関係を築こうという気持ちが、自分の中で芽生えていました。

実際にいろいろ話していると、どうしても腑に落ちない部分や、不満に感じる部分は、もちろん出てきます。親子なんてそんなものだとも思います。

でも、そういうときにいちいち怒らずに、できるだけ穏やかな感情を保てるようにしてきたつもりです。

正直、毎回うまくいったわけではないですし、今でも答えが出ない問題もあります。

そして、それは父だけじゃなくて、母に対しても、他人に対しても、同じようにできればいいなと思いながら過ごしてきました。

関連記事:小6息子のランドセルを怒りで放り投げた40代父の後悔|あの怯えた顔を忘れない50代男性の話

30代の今、辿り着いた「全体を見渡す」という視点

こういう経験を通じて、私が辿り着いたのは「特定の部分だけに注目してしまいがちなときでも、できるだけ全体を見渡す必要がある」という考え方でした。

滑り止めの一件だけを取り出して見ていた当時の私には、父の寛容さも、リスク管理の意図も、何も見えていませんでした。全体を見渡せていれば、評価や印象が大きく変わっていたはずなんです。

これは、特定の相手に対して悪い印象が気になるシーンで特に効くなと思っています。

冷静になって全体を見渡してみると、その人の別の側面に気付いて、悪い印象が頭の中からすっと消えてしまうこともある。そうなれば、相手を簡単に赦すことができたり、無用なトラブルを避けられたりするはずです。

ただ、これも完璧にできているかというと、全然そんなことはなくて。今でもふとしたときに、目の前の一点だけにこだわって、相手の全体像を見落としている自分に気付くことがあります。

それでも、意識しているのとしていないのとでは、たぶん大きく違うと思うんです。

30代になった今も、自分が出会う人たちとできるだけいい関係を築いて、平穏な毎日を送るために、この部分を日常的に意識していきたいと思っています。

最後に余談として、もし当時の自分にひとつだけ伝えられるとしたら。「父はちゃんと、寛容だったよ」と、それだけ伝えたいです。

編集部より

この記事で効くのは、同じ「滑り止め」を、子は「学力を下に見られた」というプライドの問題として、父は「万一に備えるセーフティネット」というリスク管理の問題として見ていた、その軸のずれです。父は、合格率が10%もない第一・第二志望を、文句ひとつ言わずに受験させてくれていました。当時は「当然」としか思えなかったその寛容さに気づくのは、社会に出て他の家庭の話を聞いてから。対立しているときほど、相手が何を守ろうとしているのか、その根っこを一度たずねてみることが、後の後悔を減らす一歩になります。

困った時の選択肢

【目の前の一点にこだわって、相手の全体が見えなくなる方へ】
特定の相手や出来事の「悪い一面」だけが頭を占めて、全体が見えなくなる——その思考の偏りは、自分ではなかなか気づけないもの。まず自分の考え方の傾向に気づくところから、AIと対話しながら整えていけるセルフケアアプリです。
心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)

そのほか、状況に合わせて選べる窓口もまとめておきます。

・親や身近な人との関係を、誰かに話して整理したい
 → オンラインカウンセリング cotree

公的な窓口としては、よりそいホットライン(0120-279-338・こころや暮らしの悩みを無料で相談できる窓口)が、24時間つながります。

人との向き合い方や、相手を一面でなく全体で見る考え方をめぐる本も、たくさんあります。気になった一冊を、まず無料で試す方法もあります。
・読んでみる
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・聴いてみる
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対立していた相手の優しさに、あとから気づくことがあります。気づいた感謝は、言葉にしづらいときほど、形にして渡すのも一つの方法。「ありがとう」と入ったペアのタンブラーは、父へ、そして母へ、面と向かって言えない気持ちを伝えたいときに選ばれています。

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