「一生守るね」
そう心の中で誓った犬が、私にはいました。
小学二年生の頃、母がペットショップから連れて帰ってきた小型犬です。よく吠えるくせに、ものすごく臆病な子でした。
雷が鳴ると、体を小さくして震える。だから私はいつも、その子を抱きしめて、両手で耳をふさいであげていました。この音は聞こえないよ、大丈夫だよって。
幼いなりに、この子は私が守ってあげなきゃいけない、と本気で思っていました。
これは、そう誓ったはずの私が、あの子の最期どころか、死んだことにすら気づけなかった話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:40代女性
・関連カテゴリ:ペットの後悔(犬・ペットロス・看取り)
・体験形態:実体験ベース
・体験時期:小学生〜高校時代(10代)
・当時の状況:小学校高学年から不登校・思春期に飼い犬と心理的に距離ができた
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
どこへ行くにも、あの子と一緒だった
家族でキャンプに行くときも、どこかのイベントに出かけるときも、いつもあの子は一緒でした。
私にとっては、家族と同じ。ううん、家族そのものでした。
散歩に連れて行くのは、だいたい私の役目で。あの子と歩く時間が、私はけっこう好きだったんだと思います。
貧乏な家に、あの子はいた
でも、うちは本当に貧乏でした。犬を飼えるような立場では、正直なかったんです。
離れて暮らしている祖父母は、そのことにずっと文句を言っていました。犬なんて捨ててしまえ、とまで。
子どもの頃は、そんな祖父母に反発していました。あの子を悪く言われるのが、許せなくて。
でも、年をとるにつれて、祖父母の言っていたこともわかるようになってしまって。
電気が止まっているような家の中で、あの子は元気に吠えている。自分たちの食べるものすらないのに、犬の世話はしなくちゃいけない。
貧乏なのに犬を買うなんて、母は無責任じゃないか。いつからか、そう思うようになっていました。
学校に行けなくなって、散歩にも行かなくなった
それでも、あの子のことを嫌いになったわけではありませんでした。
ただ、学校とお金のことで親が揉めているのを見たり、学校でもトラブルに巻き込まれたりして、私は小学六年生の頃から、学校に行けなくなりました。
あんなに好きだった散歩にも、だんだん行かなくなって。家の外に、出られなくなっていったんです。
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インターホンに吠える声が、怖くなっていった
不登校の私を、先生が家まで訪ねてくることがありました。
でも、顔を合わせたくなくて、居留守を使う。すると、そのインターホンの音に反応して、あの子が鳴き続けるんです。
学校へ行きなさい、という周りからの圧。それと、来訪者を知らせるみたいに響く、あの子の吠え声。
その二つが重なって、私はどんどん追い詰められていきました。いつしか、あの子のそばから離れて、部屋の中に閉じこもるようになっていったんです。
いつからか、あの子から逃げるようになった
中学生になっても、私は学校に行きませんでした。
部屋にこもっていると、クラスメイトや先生がやってきて、インターホンを鳴らす。それに合わせて、あの子が吠える。
その音に、私はひどく神経質になっていました。あんなに大好きだったのに、あの子のことを、疎ましいとさえ思うようになっていたんです。
顔を合わせることもなくなって。近づいてくるあの子から、逃げるようにもなって。
今思えば、あの子は何も悪くなかったのに。
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外の世界に出た私は、あの子を忘れていった
高校に進学したのをきっかけに、私はやっと不登校から抜け出せました。
友だちと遊んだり、バイトをしたり。家に帰れば、母がやらない家事もこなして。忙しく毎日を回しているうちに、あの子のことを気にかけることすら、なくなっていきました。
同じ家の中にいたはずなのに。あの子の存在が、私の中でどんどん薄くなっていったんです。
「数日前に死んだよ」——母の一言
高校二年生の、ある日のこと。
母に「あんた、全然気がついていないね」と声をかけられました。何のことだろう、と思っていたら、あの子が数日前に亡くなっていた、と聞かされたんです。
とてもショックでした。でも、その頃には母とも家庭の中で疎遠になっていて。私はただ、「ふ〜ん」とだけ返して、その話を終わらせてしまいました。
それなのに。小さい頃からずっと一緒だった、あの子がもういない。そう思うと、悲しくて悲しくて、たまりませんでした。
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最期のことも、体調のことも、何も知らないまま
同じ家にいたのに、あの子の存在があんなに薄くなっていたこと。
体調が悪かったのか。どんな最期だったのか。何一つ、私は知りませんでした。知らないし、聞くこともできませんでした。
貧乏だったうちに、あの子を供養してあげることなんてできたんだろうか。そんな疑問だけが、答えの出ないまま、ずっと残りました。
それでも私は、普通に過ごしていた
もっと薄情なことに、私はあの子の死を知って数日後には、そのショックを重く受け止めることもなく、普通に過ごしていました。
当時の私が、お金のことや進路のこと、友人関係のことで、いっぱいいっぱいだったのは事実です。
そのなかで、トラウマの時代を一緒に生きて、私のトラウマを助長させてしまったあの子の存在は、そんなに大きくなかったのかもしれません。
……なんて。そんな言い訳を、今でも少し、してしまう自分がいます。
同じ犬種を見て、あの日々がよみがえった
家を離れて、生活が落ち着いた頃でした。
街で、あの子と同じ犬種を見かけるようになったんです。すると、あの子と過ごした日々が、よみがえってくるようになりました。
つらかったあの日も、楽しかったあの日も。全部が走馬灯みたいに、ぶわっと流れてくる。
そのとき、思い知らされました。私はあの子に、本当にひどいことをした。友だち以上の、パートナーみたいな存在だったのに。
自分で選んだわけでもない不登校のなかで起きたことなのに、それを勝手にあの子のせいにして、逆恨みしていた。私はどれだけ、極悪人なんだろう、と。
最後に散歩に行ったのがいつか、思い出せない
あの子の最期がどうだったのか。最後に一緒に遊んだのは、いつだったのか。最後に散歩に連れて行ったのは、いつだったのか。
思い出そうとしても、どうしても思い出せないんです。
それくらい私は、あの子よりも自分を優先していた。あの子が安らげるはずだった場所を、私が奪ってしまっていたんです。
「守る」と誓ったのに、そばにいなかった
最期に立ち会えなかったことも。いなくなったことに気づけなかったことも。私にとっては、後悔しかありません。
あの子はきっと、一番かわいがってくれていた私が離れてしまって、寂しかったと思います。怖かったと思います。
幼い頃の私は、一生この子を守る、と誓ったのに。最後まで、守ってあげられませんでした。
この後悔は、たぶん一生、消えないんだと思います。
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今も、心の中であの子の名前を呼んでいる
今でも、同じ犬種の子を見かけると、私は心の中でそっと名前を呼んで、ごめんね、とつぶやいています。
今さら後悔しても遅い、というのはわかっています。それでも、あの子への後悔は、年々深まっていくばかりで。
動物を愛する資格なんて、私にはない。かわいいと思うことも、飼いたいと思うことすら、いけないことなんじゃないか。そんなふうに思ってしまうんです。
幸せにしてあげられなかったあの子に、私は今も、毎日のように謝っています。許されることなんてないと知りながら、それでも謝ることを、やめられずにいます。
今も、あの子への後悔を抱えているあなたへ
あの子を疎ましく思ってしまったのは、あなたが冷たい人間だったからではなく、当時のあなた自身が追い詰められて、生き延びるのに精一杯だったからだと思います。
逆恨みも、距離を置いたことも、自分を守るための反応で、幼い日に「守る」と誓った気持ちまで嘘になるわけではありません。
それでも消えない後悔を、一人で抱え込まなくていい方法を、いくつか置いておきます。
困った時の選択肢
【あの子への後悔を、誰かに話したいあなたへ】
何年経っても消えない自責は、一人で抱えるほど重くなっていきます。あの子のことを、責める人のいない場所で言葉にしてみるだけでも、少し呼吸が楽になることがあります。
→ オンラインカウンセリング cotree
そのほか、状況に合わせて選べる窓口もまとめておきます。
・今そばにいる子との時間を、形にして残しておきたい
→ うちのこ写真集(ペットの思い出をアルバムに)
・自分の気持ちを整理して、少しずつ受け止めていきたい
→ 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)
公的な窓口としては、よりそいホットライン(0120-279-338)が無料で気持ちの相談に乗ってくれます。
あの子への想いや、消えない後悔とどう暮らしていくか。気になった一冊を、まず無料で試す方法もあります。
・読んでみる
→ Kindle Unlimited(30日間無料体験)
・聴いてみる
→ Audible(30日間無料体験)
別れを経験した人の心にそっと寄り添う一冊を、手元に置いておくのもひとつです。

