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息子の高校受験で志望校を親が決めた後悔|もっと話せばよかった50代父親の話

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今朝も、長男は洗面所で後ろ髪に水をつけていました。

髪が硬いのか、朝起きると決まって後ろが跳ねている。それを手のひらで押さえながら、鏡の前で少しだけ気にしている。

この春から高校生になった長男は、中学の頃より早く起きて、朝ごはんを済ませて、髪型まで気にして、元気に通っています。

私はそんな姿を横目に見ながら、一足先に会社へ向かう。

なんでもない朝です。ほんとうに、平和な朝。

でも私は、この一年のことを思い返すたびに、いまだに胸のあたりがざらつくんです。

長男の、高校受験のことです。

📌 体験者プロフィール

年代・性別:50代男性

関連カテゴリ:子育て・家族(子どもの高校受験・進路選び)

体験形態:実体験ベース

体験時期:2020年代前半

子どもの状況:長男(この春に高校進学)

※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。

「大丈夫?」「多分」——中3の夏の前に

始まりは、中学三年の夏休みに入る前でした。

長男の成績は、真ん中の、そのまた真ん中くらい。可もなく不可もなく、という感じです。

「大丈夫?」

そう聞いたとき、返ってきたのは「多分」のひと言でした。

多分。その言葉に、いま思えばもっと引っかかっておけばよかったんです。でもそのときの私は、そうか、じゃあ塾でも、くらいにしか考えていませんでした。

妻と話して、塾に通わせようということになりました。中学受験のときより通う期間は短くて済むし、まあお金がかかるのはしょうがないか、と。そのくらいの受け止め方でした。

中学受験のときの私は、ただお金を払うだけの父親だった

長男は、中学受験もしています。

小学校の高学年から、クラスの友だちも通っていた有名な塾に入れました。塾選びは妻に任せて、妻はママ友からの情報でそこに決めたようでした。金額も、決して安くはなかったと思います。

今になって思うと、長男にとってあの塾は、友だちと会える遊び場のひとつでもあったんじゃないか。妻にとっては、ママ友と話す話題のひとつ。

そして私はというと、父親として、ただお金を払うだけでした。

結局、中学受験は一校だけ受けて、残念な結果に終わりました。長男は学区の中学に進んで、入学と同時にあの受験勉強の熱はすっかり消えて、成績も、とても自慢できるようなものではなくなっていました。

そういう前提のうえでの、高校受験だったんです。

一駅先の塾を探して、体験入学に通わせた

今回は、中学の授業が終わったあと、夕方以降で、なるべく歩いて行ける範囲がいい。長男のその希望をもとに、塾を探し始めました。

住まいから一駅行ったところに有名な塾があって、まずは体験入学から始めることにしました。

体験でも、しっかり六十分、あるいは六十分の二コマ。長男の授業が終わるのは、だいたい夜の九時ごろになりました。

これがちょうど、私が仕事を終えて家に帰りつくくらいの時間だったんです。

塾の帰りに、二人で食べた夕飯

それで、授業終わりに塾まで迎えに行って、そのまま二人で夕飯を食べる、ということが出てきました。

家から近くて、空いていて、子どもと入ってもおかしくない店。そんな条件で選ぶので、行くのはチェーン店ばかりでしたけど。

長男くらいの歳になると、父親と二人で飯を食うのって、けっこう抵抗があるものです。それでも週に何度か、あの時間があった。

長男は唐揚げ定食やハンバーグ定食を頼んで、私は一品つまみを取って、ビールを飲む。

「今日はどんな授業だった」「クラスに知ってるやつはいるのか」

そんなことを聞きながら飲むのが、私にとってはちょっとした息抜きで、正直、楽しかったんです。

今思えば、あの夕飯だけが、私がまともに長男と向き合っていた時間だったのかもしれません。

個別指導塾と、私が聞く耳を持てなかった三者面談

体験を二か所受けて、結局、クラスの友だちが多く通っているという個別指導の塾に決まりました。

個別指導と聞くと高いイメージがあって、実際、私の感覚ではやっぱり高いなあ、という金額でした。

本格的に始まる前に、塾の先生との三者面談がありました。仕事帰りに私が塾に寄って、担当の先生と話をしたんです。

でも正直に書くと、私はろくに聞いていませんでした。

自分より人生経験も浅いだろう若い先生から、将来を見据えた教育の話や進路の話をされても、聞く耳が持てなくて。「はいはい、じゃあ頑張りましょう」くらいの、軽い相づちで流していた。

どうせ個別のノルマがあって、コマをいっぱい足して授業料を取りたいだけだろう。心のどこかで、そんなふうに斜めに構えて見ていたんです。

商売だからしょうがない面もあるんでしょう。でも、そうやって私は、長男の受験そのものに対して、だんだん冷めていったんだと思います。

進路のことは、いつのまにか妻に任せきりになっていた

そのあと、高校の説明会や、中学の先生との進路相談。そういうものは、いつのまにか妻の役割になっていました。

私の仕事の都合で時間が合わなかった、というのもあります。でも説明会に行ったのは、たまたま休みだった一回きり。

妻と長男が、いくつかの私立高校の説明会に足を運んでいるのを、私は後から、なんとなく横で聞いているだけでした。

自分が関わっていない場所で、長男の進路の話が進んでいく。そのことに、私はたいして危機感を持っていなかったんです。

志望校を巡って、家庭がぎくしゃくし始めた

年末が近づいて、いよいよ本格的に受験と向き合う時期になりました。

たしか十二月のうちに、どの高校を受けるか、中学に伝えないといけなかったと思います。半年前のことなのに、そのあたりがもう曖昧なのが、父親として失格なんじゃないか——これを書きながら、そんなことを思っています。

家の中がぎくしゃくし始めたのは、ちょうどこの志望校を決めるあたりからでした。

私はてっきり、塾にまで通わせているんだから、当然、都立や区立みたいな学費の安いところに行ってくれるものだと思っていました。高校からわざわざお金をかけて私立に、という必要を、私はまるで感じていなかったんです。

ところが長男は、私立を希望していた。説明会も私立を中心に回っていた。受験科目が少なくて済むのと、クラスの友だちに私立へ行く子が多かったのが理由でした。塾でも私立向けの対策をしていたんです。

私は私で、三者面談のときに「私立は行かなくていい」と話したつもりでいました。長男も、それは覚えてはいたんです。

でも、私の「つもり」と、長男が進めてきた現実は、いつのまにか大きくずれていました。

関連記事:大学受験で滑り止めを巡り父と揉めた後悔|30代男性が10年以上経って気付いた父の寛容さ

「高校は区立、大学で私立でいい」と、私が決めた

妻とも長男とも話し合って、私はこう説明しました。

家計を考えると、高校は区立、大学で私立を考えたい。高校で私立に入って、大学も私立となると、うちの家計では難しいかもしれない。どちらか取るなら、大学のために高校は区立でいいだろう、と。

そう言って、進路を変更させました。

いま振り返ると、妻も長男も、心から納得していたわけではなかったと思います。

妻からすれば、「それならもっと早く、あなたも説明会や担任との話に来てほしかった」という気持ちがあったでしょう。長男からすれば、「結局、お金の話か」と思っていたかもしれません。

私だって、悩みました。どう話すのが正しいのか。

会社で部下に何かを言うなら、正論をただ正論として伝えれば足りる。でも家族に対しては、正論だけじゃ足りないんですよね。

外では模範的にふるまって、いろんな縛りの中でやっている。だからこそ家に帰ってきたら、正論じゃなくても許される場所であってほしい。家庭の良さって、たぶんそういうところにある。

頭ではそう分かっていたのに、私は結局、いちばん正論みたいなことを、いちばん近い家族に押しつけていたんです。

私立三校と、区立一校

最終的に、滑り止めも考えて、私立を三校、区立を一校受けることになりました。

私立は、いちばんレベルの高い一校は落ちましたが、二校は合格をもらえました。

その報せを聞いたとき、私は「ひとまず高校生になれることは確定したな。よかったな」と長男に声をかけたのを覚えています。

正直、そこで少しほっとしていた自分もいました。

受験の一週間前、長男が熱を出した

そして、本命の区立です。

これは、落ちました。

大きな理由をあげるとすれば、受験日の一週間前に、長男が病気になったんです。学校に行くのが禁止になる、あのタイプのやつです。

高い熱がずっと続いて、家にいるとはいえ、勉強なんてできる状態じゃありませんでした。

お医者さんからは、受験日の前日に体調が戻れば受験してもいい、と言われて、なんとか受けには行きました。でも、もともとB判定だった志望校に、そのコンディションで届くはずもなかった。

あとになって思うんです。最後の最後に、私が立て続けにあれこれ指示を出したことで、長男を精神的にまいらせて、体調をくずしやすい状態にしていたんじゃないか、と。

証拠なんてありません。ただの思い込みかもしれない。でも、その可能性を、私はいまも打ち消せずにいます。

合格発表の前の晩に、私が見た夢

合格発表の前日の夜、私は夢を見ました。

長男が、あの区立高校に合格する夢でした。

夢なんて久しぶりに見たのに、よりによってそれで。ちょっと泣きながら目が覚めたのを、覚えています。

それだけあの受験は、私にとっても大きなことだったんだと思います。

正夢にするには、見た夢の中身を人に言わないほうがいい。そんな話をどこかで聞いたことがあったので、私は誰にも言いませんでした。

結果として落ちてしまったので、今でも、あの夢のことは誰にも話していません。

いま、学費に追われながら

いま、私はちょうど、その学費に追われている最中です。

長男は、元気に高校へ通っています。どうだと聞くと、「まあまあ楽しい。普通」とのことでした。

普通。その普通を聞けるだけで、本当はありがたいことなんだと思います。

長男のためにと思って、私はいまも副業を頑張っているつもりです。だからこそ、あのとき「お金の話」で進路を決めさせてしまったことが、申し訳なくて仕方ない。

もっと、話をすればよかった

今回の受験を通して思ったのは、結局、もっと長男や家族と話をすればよかった、という、ただそれだけのことです。

もう数か月早く、ちゃんと区立の準備をさせてやればよかった、という後悔もあります。

でもいちばん悔いているのは、私が話し合いから逃げていたことだと思います。塾の先生の話を聞き流し、説明会を妻に任せ、最後だけ正論を持ち出して押し切った。

話すことで、初めて分かることがある。そんな当たり前のことに、この歳になって、今さら気づかされました。

こんな父親は、世の中に多いんでしょうか。それとも、私がダメなほうの父親なんでしょうか。

父親になるべきではない人間だったのかもしれない。そんなことを、いまだに少し、ひきずっています。

関連記事:小6息子のランドセルを怒りで放り投げた40代父の後悔|あの怯えた顔を忘れない50代男性の話

同じように、子どもの受験や進路で悩んでいる人へ

この方の後悔は、成績や塾選びそのものより「話し合いから逃げていた」ことに向いています。

塾は通わせる、説明会は妻に任せる——関わっているつもりで、いちばん肝心な進路の決断だけを正論で押し切ってしまう。

外で模範的にふるまう人ほどそうなりやすいのですが、決める前にもう一往復、子どもの言葉を聞く時間があってよかったのだと思います。

困った時の選択肢

【お子さんの受験・学習の支え方に迷っている方へ】
もっと早く準備をさせてやれていたら、と悔やむ親御さんは少なくありません。塾に通わせるだけでなく、家庭でどう支えるかを考えたいとき、講師とマンツーマンで進めるオンライン家庭教師という選択肢もあります。
受験・学習のオンライン家庭教師【e-Live】

そのほか、状況に合わせて選べる窓口もまとめておきます。

・学習費をできるだけ抑えて続けさせたい
 → 1科目から始められるオンライン塾【ウィズスタディ】

・子どもへの伝え方・接し方を学び直したい
 → 伝え方コミュニケーション検定

・まず自分の気持ちの整理・自己理解から始めたい
 → 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)

・誰かに話して気持ちを整理したい
 → オンラインカウンセリング cotree

公的な窓口としては、厚生労働省「まもろうよ こころ」やよりそいホットラインが、無料で相談に乗ってくれます。

子どもとの向き合い方に迷ったとき、先人の言葉に背中を押されることもあります。気になった一冊を、まず無料で試す方法もあります。

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受験勉強は、いつ何をやるかを一枚に書き出しておくだけで、直前になって慌てずに済むこともあります。

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